歯をむいてゐるやうだ。そして、必死の目の玉で最上清人を睨んでゐる。けれども、怒る目ではない。憎む目でもない。たゞ、必死、懸命、全力的な目の玉なのである。
 最上清人は最後の仕上げに養神様の手にタバコの火をこすりつけて火を消して、手を放して、立ち上つた。
 養神様はハリツメタ力が一時にゆるんで、グラグラくづれるやうだつたが、
「それで、気がすんだかい」
 フラフラしながら、さゝやいた。
「もう、よいよ。今日はおかへり」
 最上清人は茫然外へでた。
「ちよッと、あなた。最上先生」
 次の間で仙境の人物が何か言ひかけてきたが、彼はそれには目もくれず、だまつて外へ出て来たのである。
 彼は何か、怖しかつた。
 必死に歯をくひしばつて、たゞ懸命に必死にこらへてゐる乱れ髪の猿のやうな汚い顔が怖しかつた。
 彼は然し、いくらか、たしかに、落付いてきたのが分つた。それは、たしかに、もう人を殺さなくてもいゝといふやうな、落付きであつた。そういふ力がみんなくづれた思ひであるが、なにがしの小さな驚異が残つてゐた。
 彼は養神様に、神様を見なかつたが、人間をたしかに見た。ヤミ屋のサギのカラクリよりも、もつと人
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