間は複雑で偉大なものかも知れないといふ、何かを見たやうな気持がした。
「マア、よからう。何でもいゝさ」
 冷静で、厭世的で、皮肉な、昔の彼の考へ方が戻つてきた。
「サギ師のイカサマにかゝつて有り金をフンダクラレ、養神様の懸命必死な救世主の身替り精神によつてホロリとするか。してみると、オレといふ奴は、よくよくウスノロかも知れないな。アッハッハ。この人生にも、シャレたことがあるものだ」
 いさゝか自嘲的ではあつたが、さして不快といふわけでもない。
 ねぐらへ戻つて飲み直して、今夜は熟睡してやらう、連日睡眠が足りないから、養神様のお手並で今夜は熟睡できるなら、これも御奇特な次第さ、と、わがタヌキ屋の店先へくると、中の賑やかなこと。
 パンパン、アンチャン、入りみだれて、大陽気、ダンスホールと変じ、倉田博文の浪花節によつてタンゴを踊つてゐる。
 最上清人は眉をしかめたが、すぐ、ふりむいた。
 腹を立てるハリアヒもないやうな気持であつた。よそで一人で飲み直さう、彼はブラブラ、マーケットの方へ戻りはじめた。たしかに、いくらか心が澄んでゐるのが分つた。



底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
 
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