上んなさい。美酒を一パイ差上げませう。こゝの先生は深き瞑想の散歩にでられたから、今日は俗事はおやりにならないでせう」
「アレ、御手シャクは恐れ入りますワヨ」
「アレ気のきいたことを言ふアンチャンぢやないか。アンチャン、いくつだい」
「エヘン、一本いかゞ。召しあがれ」
 ノブ公、シガレットケースをとりだして上等なるタバコをすゝめる。
「これは恐れ入つた。行きとゞいたアンチャンだね。アレ、なるほど、つゞいてライターなるもので火をすゝめる。フム、これは、エライ。あなたは出世するよ。かほどの若ザムライを召使ひながら、最上先生も人間の使ひ道を知らねえんだな。よろしい。本日は最上先生に代つて、私があなた方にサービスしてあげる。大いに飲み、かつ談じ、かつ歌ひませう。遠慮なくおやんなさい」
 といふわけで、酒宴がはじまつた。

          ★

 最上清人はマーケットでソーダ水の酒だのオシルコのカストリだのと飲み歩いたが、頭の痛みがいくらか鈍くなつたといふ程度で、アルコールの御利益といふものが現れてくれない。
 酒をのんでゐると、却つて、いけない。坐つてゐると、いけないのだ。ふと、あのズッシリ
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