、私は昔から犯人の住所氏名は巡査の手帳にまかせておくから、私の手帳につけてあるのはモッパラ愉快な人間の住所姓名に限るんだなア。そんな、あなた、犯人の名前なんぞ、何兵衛でもいゝぢやないか。だまされてから、捕へたつて、手おくれだよ、あなた。こんなに豪華なお酒があるのに、もつと何か、シンから楽しくなるやうな、何か工夫を致しませう」
「ふン、なれるものなら、するさ。僕は一人でゐたいのだから、愉快な御方は引きとつていたゞきませう」
「まアまア、あなた、人間も四十になつたら、ヤケだの咒ひだのといふものが全然ムダなネヅミにすぎないといふことを、理解しようぢやありませんか。よつて新しく工夫をめぐらす。私のやうな害のない単に愉快なるミンミン蝉を嫌つてはいけないでせう」
最上清人は返事もせずにフラリと立ち上つて、そのまゝ外へでてしまつた。そつちが出なきや、こつちが出る、といふ流儀なのだらう。
出る者は追はず、無抵抗主義は倉田の奥儀とするところで、おもむろにひとり美酒をかたむける。これも悪いものではない。
そこへサブチャン、ノブ公、パンパン嬢などが顔をだす。
「おや、パンちやんかい。さあ、アンちやんも
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