分らなきやア、第一人間の理想てえものが分る筈がないではないですか。生きるからには愉快に生きなければならん、よつて工夫が行はれる、文明開化の正体はそれだけのものなんだけど、そこんところが、どうして先生に分らねえのかなア。ともかく一杯のもうぢやありませんか。こんなことを喋りながら、何も飲まねえてえことは、それがつまり、文明開化の精神に反するものだといふことを、私なんぞは骨身に徹してゐるんだがな」
倉田はコップをとつてきて、チャブ台の上の最上の飲みかけのウヰスキーをなみなみとついで、一息に先づ一パイ、再びなみなみと半分ほどのんで、
「ウム、これはいける。久しくタヌキ屋で飲まないうちにタヌキ屋の品物は高級品になつたものだな。これは飛びきりのニッカぢやないか。こんなゼイタクなお酒をのんで陰鬱であらせられるといふ心持が分らないね。私なぞカストリていふ新日本の特産品をのんで、毎日面白をかしく世渡りができるんだから、人間の心持てえものは、実に工夫がカンヂンではないのかなア」
最上清人もやうやく心を取り直して、
「君の知り合ひがやられたといふヤミ屋は木田といふ男ぢやないの?」
「さて何といふ御仁だか
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