、やむなく変な風にニヤ/\笑つて尻ごみする。そのニヤニヤがなんとなく色好みらしく、その気がある様子に見えてカン違ひをする客もあり、おい泊りに行かうなどゝ札束をみせて意気込んでくる五十男があつたりすると、まつたくもう泊つてやらうか、金のためには何でもするといふやうな気持にもなりかけるほどだつた。恋のためではあるけれども、さしせまつた現実の問題としてはたゞ金で、金々々、まつたく宿六の守銭奴が乗りうつり、金銭の悪鬼と化し、金のためには喉から手を出しかねないあさましさが全身にしみつき、物腰にも現れてゐる感じであつた。
瀬戸は富子に良人があるかときく。あると答へると、良人ぐらゐあつたつていゝや、俺は口説くんだと言つてみたが、良人は何をする人か、哲学者? え、名前は、そして最上清人ときくと彼の顔は暗く変つた。
「最上清人。その人の奥さんか」
「あら、その名前知つてる?」
「知つてる。尊敬してゐた。僕は高等学校の生徒だつた。エピキュロスとプラトンに就て雑誌に書いてたものを愛読し、今でも敬意が残つてゐる。あの人の奥さんぢや、ちよつと口説いちやいけないやうな気持になつたな」
「あら、瀬戸さんは音楽学校
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