たち五日すぎても木田市郎は現れない。
木田の名刺をたよりに△△商会を訪ねてみると、そこのマーケットはとつくに火事に焼き払はれて、今はキレイな原つぱになり、人々がキャッチボールをやつてゐる。
失恋の苦しみなどゝいふ月並なものと話が違ふ。失恋などはたゞ夜がねむれない、不安、懊悩、タメイキ、まことに平和でよろしいものだ。最上清人の胸の不安、絶望感、それは類が違つてゐる。失恋などはせゐぜゐクビでもくゝつてケリであるが、最上清人は人のクビをしめつけて殺したい。木田やヘルメットの鼻ヒゲばかりぢやない、人間といふ人間どもをみんな殺して木にブラ下げてやりたいのだから、ピストル強盗などといふチンピラ共の荒仕事とは違つて沈鬱である。
黙々とのむウヰスキーに血の絵画がうつる。どいつも、こいつも、しめ殺す。鋸《のこぎり》ビキ、火アブリ、牛ざき、穴つるし、水責め、なんでもやる。
昔はいざとなりや自分の首だけしめつけてオサラバときまつてゐたが、今はもう、むやみやたらに人の首をしめ殺すことを考へて、頭が殺気でゴムマリのやうにふくれ上つて後頭の痛むこと。後頭へ二ヶ所ほど風孔《かざあな》をあけて、充満の重い殺気
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