たく素人であつた。闇ブローカーの取引といふものを盲目的に怖れたのである。然し、かうして現物を握るといふこと、そこに不安のあるべき何物もある筈がないではないか。円価は日々に低落するが、紙は日々値段が高くなるばかり、一年前には百五十円でも高いなどと二の足をふみ、仙花などはたゞの五十もしなかつたものだ。一年間に五十倍の値上りであり、金の方はそれだけ値打が低落しつゝあるのである。
 山の如くに物をもつといふこと、現に山の如くにあるではないか。なんといふ充実感であるか。蟇口のズッシリとした重さとふくらみが現に彼の精神そのものではないか。
 闇屋にとつては物は彼等の所持品ではない。それを動かすことによつて金にかへる性質のもので、彼らはこれらの物、山の如き物を所持したといふ充実感は多分いだいたことがない。最上清人は、さう思つた。
「まつたく。闇屋なんて、泡のやうなものなんだな」
 彼は倉田の言葉を思ひだして、むしろまつたく愉快になつた。
 オレはヤミ屋よりも上の位のものなんだ。つまりヤミ屋は単にオレの宿命的な手先のやうなものぢやないか。
 泡は消えるが、紙が残る。そして、やがて、夜の王様が残る。然り
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