。買ひ手がない。すると又、いつのまにやら無くなつて、鐘と太鼓、お金を山とつんでもお顔を拝ませてくれなくなるといふわけです。紙がない。いくら高くても買ふ、それはあなた、一ヶ年以前の話ですよ。タヌキ屋の裏口の御常連はもつぱら天下の闇屋さんの筈だといふのに、これは又不思議な話があるものだ。闇屋さんなら専門がちがつてゐても出廻りの品を知らないといふ筈がないけど、然し最上先生は悪運の強いお方だなア。なんにも世の中を知らないくせに、お金がころがりこんでくるんだから、街道筋のお百姓と同じやうなものなんだね。それはあなた、右から左へ物を廻したゞけでも、もうかる時は大いにもうかるです。然しあなた、インフレ時代すぎ去れりとなつた時にはそれまでのこと、そこを地盤に何もできやしないぢやないか。現在は時代といふものぢやないからな。流れの泡です。インフレが終つたときに泡が消えて流れの姿が現れる。この流れは然し昔の流れぢやない。今にしてよく志す者だけが自ら次の流れの主流をかたどることができる。あなたがもし今にして志すなら忽然として次の日本の出版王者、泡が消えると、いやでもさうならずにはゐないといふ、歴史稀なるこの時
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