同類の親しみを寄せたころは、実際は彼は孤独で、親しみなどは寄せてはをらず、貧しく弱い己れをそのやうに眺めることによつて、なつかしんでゐたのであつた。
 強者に親しむ今となつては、そのやうな自分を眺めてなつかしむ余裕などは、もはやない。揉手をする、オアイソ笑ひを浮べる、すると先方もいとインギン丁重に如才なくお返しするけれども、実はこつちを突き放して通りいつぺんの御愛嬌にすぎない。最上清人はさうぢやなくて、強者に同類を発見する、さうすることによつてしか自分を発見することができないといふ動きのとれないギリギリの作業を営んでゐる次第。同じオアイソ笑ひも品質が違つて、自分の方の貧しさが分らぬ男ではないから、近頃は無性に怒りつぽくて、弱い奴にはのべつ怒鳴りつけ罵つて蹴飛ばしかねない勢ひ。そのくせ新円階級に会ふと、まるでもうダラシなく自然に揉手をしてオアイソ笑ひを浮べてしまふ。
「実は最上先生、今日はお願ひの筋によつて参上したのですが」
 と倉田博文が現れて、
「御承知ぢやないかも知れないが、ちかごろは世間にお金がなくなつたんだなア。近頃はあなた、巷に物がダブついてゐるけれど、買ふお金がないんだね。
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