ふ気持もした。
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最上清人は近ごろ人間の顔の見方が違つてきた。
以前は小数の「不可能型」といふものを愛してをり、つまりこれは哲人の顔なのである。その他は資本家も政治家も貴族も、ましてボンクラ共は、みんな一まとめにその他大勢の有象無象といふわけで、オヒゲのピンとはねてゐるのが陸軍大将だらう、などゝ俗でない見解にアッサリ万事を托して落付きはらつてゐたのである。
近ごろは、さうはいかない。
資本家顔、政治家顔、貴族顔、彼はさういふ通俗な型には今更驚きもしなかつたが、とるにも足らぬその他大勢の有象無象に「現実顔」とでも言ふべきものを発見して、一方ならず讃嘆した。哲学者はさすがにエモーションの出方が違つて、彼は即ち、これを讃美したのである。
その顔は三万円や五万円をポイと払つて行く顔だつた。そのくせに商人のやうに如才がなくてインギンで、つまり彼等は抜目のない商人なのである。彼等は現物を見た上でなければ取引しないといふチャッカリ屋で、カラ手形といふものが全然きかない現実家であつたが、そのくせ彼等は現物を見ずに取引してゐるのである。
これはいつたいどういふカラク
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