あつた。時代の過ぎ去る時間である。この時代たるや、たゞの時代ぢやない。七・五休業令、たつたそれだけの泡沫の如き時間なのだから、たゞその時間のアブクの流れの消えないうちに餓鬼どもをしぼりぬいて地下に財宝を貯へてしまはねばならぬ。夜の王様の寿命もせゐぜゐ半年にすぎないことが分りきつてゐる。アル・カポネの故智を習ふのはこゝのところで、
「ぢやア、どうだらう。この店の名義を君にゆづるから、裏口営業がバレたら、君が刑務所へ行くかね。謝礼は十万はづもう」
「ふざけちや、いけませんよ。十万ぐらゐで臭い飯が食へますか。いくら私が働きがなくつたつて、ひと月に七八万は稼いでゐますよ。女房子供をウッチャラカシに養ふたつて、二万ぐらゐの捨て扶持《ぶち》はいるだらう。ちよッとオダテルてえと、あなたといふ人はすぐそれだから、宝の山にいつも一足かけながら、隣の谷底へ落つこつてばかりゐるんだな。私だつたら、三月くらひこんで百万、半年くらひこんで二百万、その半分を今、あとの半分はくらひこむ直前にいただかなきや。どこの三下だつて、この節の十万ポッチで刑務所の替玉をつとめますか。然し、あなたが三十万だしや、私が替玉を探して
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