ひれふして引きさがる。苦笑、軽蔑、然しそれよりも虚無と退屈であつた。彼はまつたく不機嫌なメフィストフェレスであつたが、いくつ買つても忽ちふくらんでしまふ大きな財布をどこへ秘めるかといふ最も不機嫌な心労によつて、更にひねもす不快になるのであつた。
あるとき、この界隈のパンパンの姐御がお客をつれて飲みにきた。それからといふもの、姐御の身内のチンピラ共が時々カモを酔はせに連れてきて、着物をねだつたり、お金をせびる。度重なるうちに、ホテルへしけこむのが面倒くさくなつて、
「ネエ、ちよいと、マスター。奥のお部屋、ショートタイム、百円で貸してよ」
「一枚ぐらゐの鼻紙で魔窟の代用品に使はれて堪るものか。すぐ裏にインチキホテルがあるぢやないか」
「ショートタイムぢや一々ホテルまで面倒よ。あいてる部屋がたゞお金になるんだもの、私たちのカラダだつてその要領だもの、それが時代といふもんだけど、このマスターも案外わからず屋なんだなア。カンサツなしで稼げるものは遠慮なく稼いでおくものよ。どうせあんたの商売はモグリの酒を売つてるんぢやありませんか。ヤミの女もヤミ商売もおんなじこつた。共同戦線をはらうよ」
「よし
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