こらすとか、美人女給募集の広告をだしたり、あれこれ手段をめぐらしてお客をひきよせる。それと違つて、何の技巧も施さず自然にお客がよつてくるのだから、たゞもう時代の寵児、単なる時代のイタヅラの私生児のやうなものでもあつた。何だい、毎日うるさいほど来やがるなどゝイマイマしがつてゐるうちに、フトコロがふくらむ、その満足の自覚の代りに大いに不安になつてきた。七・五禁止令といふものが解除になればそれまで、ナニ、そのときは首をくゝるさ、といふぐあいに一応は肚に思つても、もう本心はさうではなくて、この繁栄を失ひたくない慾に憑かれてゐた。
 彼はもうナマケ者ではなくなつてゐた。早朝から自転車で闇酒を買ひに走り廻る。ヨッチャン母娘に指図してビールを買ひに駈け廻らせる。自ら店へ出て餓鬼どもにアルコールを配給する。一向に楽しくない。たゞ、いつ客が来なくなるかといふ不安によつて充足してをり、ともかく充足してゐる証拠に、目がさめると自然にビヂネスの日課に応じて動きだす、もう帰つておくれ、警察の目をくゞつてゐる仕事だから、さういつまでもつきあへないから、などゝジャケンに餓鬼どもを追つ払ひ店の扉にカンヌキをかけて、一
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