だけど、それは精神に於ての話で、表向きのアシラヒはいと和やかでなければならんです」
「イキなんてものが見たけりや待合とか然るべき場所へ行くことさ。僕のところぢや専ら中毒患者とギリギリの餓鬼道で折衝してるんだから、アルコールの売買以外に風流のさしこむ余地有りやしないね」
「なるほどなア。時代はたうとうギリギリの餓鬼道でアルコールの取引をするところまで来たのかなア。するてえと、飲み屋のオヤヂは女郎屋のオヤヂとヤリテ婆アを兼ねたやうなものなんだな。然し最上先生、昔から色餓鬼てえ言葉はあつても、酒餓鬼てえ言葉のなかつたところに、酒と女に本質的な違ひが有るんぢやないかな。然しアルコールも亦餓鬼道の取引だといふ先生の思想ならメチルによつて餓鬼の二三十匹引導を渡してみるのも壮快でせう。私は然し餓鬼てえものは、どうも、やつばり、人間は餓鬼ぢやアねえだらうな」
「人間は餓鬼ぢやないさ。僕と、この店のお客だけが餓鬼なんだよ」
と最上清人はうそぶいたが、然し、心中おだやかではなかつた。
最上清人は自らの思想によつて、又、自らの思想の果の行為と境遇によつて、首をくゝるギリギリのところまで追ひつめられてゐた
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