中まで人並に慌てる、慌てふためく、全然筋が通らない。けれども、慌てる。元々いくらも持たないくせに、どんなに高くても飲みてえや、馬小屋の盛なころは黙殺してゐた高級料亭、裏口から一杯ありつきたい、そこでタヌキ屋へも押寄せる。、ヤケクソ、高価を物ともせず、決死の覚悟で、血相たゞならぬ様を冷静に見定めたから、なるほど、奴らも追ひつめられてゐやがるな、最上清人が見破つた。
 この国の人間共は戦争以来やたらに追ひつめられる。元々哲学者といふものは常に自らの意志によつて追ひつめられてゐるものであるが、俗物共ときては他によつて追ひつめられるから、慌てふためく。逆上、混乱、可憐なところがない。そんなに高い酒が飲みたいなら、御意にまかせて高く飲ませてあげませう、バカな奴らだ、最上先生はアクビまじりにかう考へて、酒、ビールを買ひあつめてくる。カストリなんて、そんなマガヒモノ、うちにはないね、うちの酒は高いよ、仕入れが高いし、品物が違ふんだ、それでもお客の数が一日ごとにふえるのだから、お客は発狂してゐるのである。
 倉田博文がフラリときて、
「やア、商売御繁昌、結構ぢやないか。私もひとつ、いたゞかう」
「うち
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