いで。あの方は料理屋向きだよ。四斗樽を持ち上げちやうからね。それに信仰が固いから、ジダラクな連中の集るところぢや見せしめになることもあるでせうよ」
 返事一つで掌中の珠を失ふから、御無理ゴモットモ、仕方がない。するとます/\見抜かれてしまつたから、養命保身の神様にソツのある筈はなく、
「ねえ、旦那、教会の新築費用に五千円寄進して下さいな。どうせ旦那の商売はアブク銭だから、こんなところへ使つておくと、後々御利益がありますよ。この際、天妙教の信仰にはいるのが身のためです」
「文無しになつて首が廻らなくなつたら信仰させていたゞきませう」
「えゝ、えゝ、その時はいらつしやい。大事に世話を見てあげます。天妙様に祈つてあげます。人間はみんな兄弟、一様に天妙様の可愛いゝ子供で、わけへだてのない血のつながりがあるのですよ。ですから、お金のあるうちに、五千円だけ寄進しておきなさい。今後のことを神様におたのみ致しておいてあげますから」
「べつに神様に頼んでいたゞくこともないらしいからね」
「ぢや、オタノミは別に、お志をね。もし旦那、お衣ちやんはタヾの娘ぢやありませんよ。天妙教の信仰に生きる娘なんですから、神様のお心ひとつであの子の心がさだまるものと覚えておいて下さらなくちやア。お衣ちやんはこれから神前に御報告してオユルシをいたゞかなくちやこゝを出られないのですから」
「ぢや、オユルシがでたときのことにしませう」
 ケチな性根をだしたばかりに神前へ坐らされ狐憑きの踊りを見せられ、あげくに五千円はやつぱりまきあげられる。口惜しまぎれに、
「そんなにユスラレちやア商売のもとがなくなるよ。モトデの五千円はインフレ時代ぢや十倍ぐらゐにけえつてくるんだから、結局お衣ちやんの後々のために悪くひゞくことになるんだがね」
「アラ、旦那はモトデのお金につまつてるんですか。この節の飲食店に、そんな話、きいたことがなかつたわね。アラマ、ほんとに、どうしませう」
 はからざる大声で悲鳴をあげる。するとお衣ちやんがギクリとして、
「貧乏はいやよ。どうしませう」
「三十万や五十万に不自由はしないよ。しかしモトデは十倍にかへつてくるから五千円でも大きいといふ話さ。商売はさういつたものなんだよ」
 ともかく、お衣ちやんと関取のやうな大女の付添ひをつれて、タヌキ屋へ戻りつくことができた。

          ★

 ヤリクリ苦面《くめん》してアルコール類、食料、調味料をとゝのへて、釘づけの店の扉をあける。更生開店、しかしお衣ちやんを店へさらすわけにいかないから全然一室に鎮座してもらつて、自らコック。コック場の隣が鎮座の一室だから見張りの絶好点で、コック場を離れるたびに心痛甚しい。そこでお客のサービスには玉川関にでゝもらふ。玉川関は五十三だが、見たところは四十五六、五尺六寸五分もあつて、肩幅ひろく、筋骨たくましく、腕は節くれだち、脛《すね》に毛が密生の感じ、全然女のやうぢやない。稽古のあとの相撲のやうに乱れ毛をたらして悠々八貫俵を背負つてきてくれる、カストリの一升ビンをギュッと握つてグイとさす、豪快、小気味のいゝ注ぎつぷりだが、口をへの字に結んでランランたる眼光、お客が何か言ふたびにたゞエヘヘと笑ふ、養命保身と申すわけには行かない。
「私やお店はできませんから、幸ひ教会に商売になれたオバサンがをりますから、その方に夕方から来て貰ひませう。私は買出しの方やらオサンドンをやりますから」
 と言ふ。この上教会からオバサンが来ては天妙教の出店のやうでイマイマしいが、玉川関は八貫俵を背負つた上に五升づゝ一斗のお米を両手にぶらさげて足先で裏戸をあけてはいつてくる、女だから隣組の用もたす、米も炊く、お掃除おセンタク、捨てがたい手腕があるから、よからう、なまじ女給などゝ月並な女どもを探すよりも天妙様の御意にまかせて当てずつぽうに御入来を願つた方が、どんな当りをとるか知れたものではない。
 そこで現れたのが痩せてガナガナひからびた小さな婆さんで、日本橋でタコスケといふ小料理屋を二十年ほどやつてゐたがツレアヒが生きてりやこんな不景気な店へオツトメなんぞに出やしない、私や中風の気があつて手が自由をかきお酒をこぼしたりとんだソソウをやらかすことがあるから、娘をつれてきたといふ、娘は水商売に不馴れだから当分後見指南に当る由、娘は二十八、出戻りで、一つも取柄といふものがない。なんの病気か知れないが痩せてあをざめて不機嫌で、額のあたりへコーヤクか梅干でもはりつけて寝てゐたところを顔を洗はせて連れてきたといふ感じ、まだしも玉川関の豪快なお酌の方がお客の尻を長持ちさせる様子であるから
「よした、よした。あなたはお帰り。料理屋は病院ぢやないからね。お客は病み上りの仏頂面を眺めにきやしないから、僕の店をなんだと思つてる
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