で衣裳がないからタヌキ屋でもつ。それから月給前払ひのほかに保証金一万円ゐるといふ。
「通ひ三千円、住みこみ五千円、と。変ぢやないかな。あべこべぢやないのかな」
「分つてるぢやないの、旦那。とびきりの美人よ、分るでせう」
「ハハア。なるほど。とにかく会つてみなきや」
「ですから旦那、私の方の条件はのみこんで下さつたんでせうね」
「あつてみなきや分るものぢやないですね」
「それは会はせてあげますけどね、とにかくスコブルの美人ですから。でも、ちよつとね、ゆるんでるのよ」
「何が?」
「こゝね、ネヂがねえ、見たつて分りやしないわよ。あべこべに凄いインテリに見えるんですから。だから、あなた、今まであの子にいひ寄つたのが、みんな学士に大学生よ。あの子がまたおとなしくつて、惚れつぽいタチだもんで、すぐできちやつて、結婚して、それでもあなた八ヶ月もね」
「八ヶ月で離婚したの?」
「さうなんですよ。男がよくできた人でね、両親がなくつて婆やがゐたもんだから。そのほかは大概一週間から三日、一晩といふのもありましたけど、でもあなた、みんな正式の結婚よ。親がシッカリ者だから、みだらなことは許しやしません。戦災して教会へころがりこんで親が死んで、それからはあなた、私がカントクして風にも当てやしませんわよ。終戦以来はゼンゼン虫つかずよ」
「いくつなんですか」
「二十四ですけど、見たところハタチね。娘々して、八度も結婚したなんて、どう致しまして、お店のお客には立派に処女で通りますわよ。口数すくなにお酌だけさせといてごらんなさい。しとやかで、上品で、利巧で、男の顔さへ見りや必ずポッとするんですから、目にお色気がこもつてね、全然もう熱つぽい目つきになつてしまふんだから、あの目でかう見つめられてごらんなさい、お客はサテハと思ふでせう。千客万来、疑ひなしだわよ」
そこでオカミサンに付《つき》そはれて娘は伏目に現はれたが、なるほどゼンゼン美しい。処女の含羞、女子大学生、たゞ目が細い。しかしスーと一文字にきりこまれていかにもうるんで悩ましく、すきとほつた鼻筋とよく調和して、平安朝の女子大学生、うつたうしく、知的である。姿勢はスラリと均斉がとれ、特別、脚線のすばらしさ、レビュウガール、映画女優、これだけの美人がメッタにあるものではない。
予想外の美人だから、最上清人は茫然、一気に理窟ぬきの世界へとびこんでしまつた。これでネヂがゆるんでゐるとは、大自然といふ奴はまことに意外な細工師ぢやないか! 豪華本とか楽譜とか軽く抱へて街を歩く、上品でうつたうしくて、よほど心臓の男でもなくちや口説くさきに諦めてしまふ。だから八度ぐらゐの結婚ですんだやうなわけだらう。最上清人はとたんにお客といふお客を嫉妬して、いかにして一人ひそかに秘蔵すべきか、むやみに不安になりだした。
養命保身。これが宇宙そのものでなくて、なんであるか。心臓がブルブル、うつかり喋ると声がブルブルして、心のうちを見ぬかれるから、無言、鑑賞する。見れば見るほどブルブルするばかり、なか/\喋ることができない。
「お名前は?」
第一声。まづこれ以上は喋られない。娘はギクリと顔をあげたが、にはかにポッと上気し、目に熱がこもつて、かすかにほゝゑむ。
「私、西条衣子です。どうぞよろしく」
ネヂのゆるんだ声ではないから、最上清人は狼狽して、
「あなた、お料理できる?」
娘はうつむいてしまつたが
「私、家政婦、いやだわ」
とオカミサンに訴へる。清人は肱鉄砲で射ぬかれたやうにうろたへて、
「いえ、お料理は僕がつくる」
「女中さん、ゐないの」
ジッと見つめる。まさにテストをうけてゐるのは清人の方だから、問答無益、ポケットへ手をつッこんで財布をとりだしつゝ、
「女中ぐらゐ、志願者がありすぎるのさ。僕のところぢや白米をたべさすから。しかしコックがゐないから。戦争このかた、十年ちかく高級料理がつくれなかつたから、腕のよいのがゐないんだ。僕はお料理の方ぢやパリの一流のレストランで年期をいれたもんで、今の日本のお客ぢやモッタイないけど、人手がなきや仕方がないからさ」
一万五千円ポンと投げだす。自殺途中の道草のヤブレカブレといふところだが、ヤブレカブレぐらゐで人間気前がよくなりはしない。これはもうゾッコンの思召《おぼしめ》しをバクロに及んでゐるから、天妙教のオバサンありがたうといふのもオックウな顔で、つまらなさうにお札を数へながら、
「女中がゐなきや困るわね。この子が可哀さうだわよ、旦那、うちから誰かひとり、さうしませう。さうしていたゞきませうよ。お気に召したのがをりませんでしたか」
「どれといつて、ゐなかつたね。料理屋ぢやア妖怪変化がお米を炊くわけぢやアないからね」
「その代りみなさん大変な働き者よ。衣ちやん、玉川さんをおよびしてお
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