る。この方が利巧にきまつてるぢやないか。ありきたりの闇屋さんが、数等利巧なんだよ。君にはアリキタリがいけない仕組になつてるのさ。ひと理窟ひねつて、何かしらホンモノらしい言ひ方をみつける。それだけだ。然し、種がつきないね。尤もらしく、巧妙なものぢやないか。然し、君自身、一度だつてもうけた例がないやうに、君が退屈したためしがないのが、不思議だね。ナンセンスだよ。ハッタリのバカらしさ、無意味さ、君は古風そのもの、古色蒼然、まつたく退屈そのものだね。もう、よしてくれ。君の時代はすぎ去つたのだ。いつの時でもアリキタリなのがその時代の真理なんだよ。アリキタリにもうける奴が、ほんとにもうけてゐるんぢやないか。第一、物はあるけどお金がないなんて、どんなにチャチな闇屋にしても、この節それほど手管のない口説はやらないものだよ」
「これは驚いたな。物はあるけど、お金がない。紙はあるけど、お金がない。これを御存知ないのかね。インフレ時代といふものは川が洪水になるみたいに、同じ情勢が激化するだけのモンキリ型のものぢやアないです。昨日までは鐘や太鼓で探しても無かつたものが、今日は津々浦々に有り余るほど溢れでゝゐる。買ひ手がない。すると又、いつのまにやら無くなつて、鐘と太鼓、お金を山とつんでもお顔を拝ませてくれなくなるといふわけです。紙がない。いくら高くても買ふ、それはあなた、一ヶ年以前の話ですよ。タヌキ屋の裏口の御常連はもつぱら天下の闇屋さんの筈だといふのに、これは又不思議な話があるものだ。闇屋さんなら専門がちがつてゐても出廻りの品を知らないといふ筈がないけど、然し最上先生は悪運の強いお方だなア。なんにも世の中を知らないくせに、お金がころがりこんでくるんだから、街道筋のお百姓と同じやうなものなんだね。それはあなた、右から左へ物を廻したゞけでも、もうかる時は大いにもうかるです。然しあなた、インフレ時代すぎ去れりとなつた時にはそれまでのこと、そこを地盤に何もできやしないぢやないか。現在は時代といふものぢやないからな。流れの泡です。インフレが終つたときに泡が消えて流れの姿が現れる。この流れは然し昔の流れぢやない。今にしてよく志す者だけが自ら次の流れの主流をかたどることができる。あなたがもし今にして志すなら忽然として次の日本の出版王者、泡が消えると、いやでもさうならずにはゐないといふ、歴史稀なるこの時コンニチの特異なところが看破できないのかなア。失礼ながら、現在のあなたなんぞは、たゞのアブクにすぎないよ。最上先生ともあらうお方が、なにがしのお金を握るとかうまでヤキが廻るものかな。それはあなた、マグレ当りにしろ、大金をもうけることは、ともかく偉大なる行跡ですとも。然し、ふざけちやいけませんよ。要するにマグレ当りといふものはマグレ当りさ、何もあなたが時代の赴くところを看破した眼力によるところはないぢやないか。こんな時代ぢや、落語の与太郎がもうけますよ。満員列車にのしこんでお米を担いでくりや、重役の月給の何倍ぐらゐもうかる仕組みにできてる、力づくだね、芸のねえ時世があるものだ。失礼ながら最上先生裏口営業の荒かせぎは与太郎の力業と異るところはないだらうな。与太郎の荒かせぎ、そんなものは時代ぢやないです。たゞ一場のナンセンス。今を時代とよぶならば、たゞナンセンスの時代、それ以外に裏も表もありやしないよ。戦争中は哲学界の御歴々が「日本的」なんとかだなんて、ナンセンスのおツキアヒを御当人はシンからマヂメにやつてゐたけど、軍需会社の重役や陸軍大将でも腹の底ではフキだしたいのを噛み殺して拍車を鳴らしたりしてゐた様子にくらべて、哲学者てえのは誰よりもマヂメに打ちこんでおツキアヒをしてしまふから怖しい。つまり何だね、ロゴスだの宇宙だのと、とてもボンクラの手のとゞかないことばかり思索しながら、実は目先の現実にツヂツマを合せるだけの能しかねえのぢやないかなあ。現実の権勢に盲目的に崇拝ツイヅイなさるのは、そしてそのために宇宙のツヂツマまで合せておしまひになるといふ、哲学者ぐらゐ安直重宝な方々はゐないな。三年前までは日本的なるものゝ発見、今日ビは与太郎の発見、色々と発見なさるですよ。然し今日にして真の明日を看破して杭を打つ者が来るべき日本の王者であるといふ、たつたそれだけのことが分らねえとは。いえ、分りました、与太郎の発見これまた趣向だアね。ともかく発見が好きなんだア。けれども今在るものを発見、それは発見てえんぢやあねえな。与太郎の方は与太郎自身を発見したかも知れねえけれども、最上先生の方が発見したてえことにはならねえだらう。発見させてもらつたんだな。それも亦、発見か」
 と倉田博文、例になくオカンムリで頭から一時は湯気のたつ様子であつたが、いつまでもコダハルやうな御方ぢやない。
「いや、相
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