てくれ」
「ぢや、マスター、三枚ださう」
「いやなこつた」
「フン、あんた、あんたがボルなら覚えておいで。その代り、あんたが私たちに用があるとき、百枚だしても誰一人ウンとは言はないよ。分らないのかなア、共同戦線といふことが」
 なるほど、さうか、と最上清人は考へた。目の玉のとびでる酒を承知でパンパンと共に飲みにくるのは地方から商用できた闇屋とか工場主、事業主、パンパンの心眼、フトコロを知つての上でなければ連れてはこない。着物も買はせ、指環も買はせ、いくらでセビッテも財布のへり目が分らぬやうな上カモに限つて酔はせるために連れてくる。この連中と特別にタイアップする、どうせ危い橋を渡つてゐるのだから、危険は同じこと、太く短くもうけるに限る。彼自身が共同戦線のヨシミによつて安値に遊ぶことができるなら、これ又、特別大いに望むところだと考へた。
「ぢやア、昼だけだぜ。裏口からきて、座敷で静に飲むんだぜ。酒の方でもうけさしてくれなくちやア」
「モチよ。うんと飲んでくれる人だけ連れてくるから。その代り、お食事も出してちようだい」
 六・一自粛と同時に街の暴力団狩り、マーケットの親分|乾分《こぶん》の解散、チンピラ共は上ッたりで、
「やア、こんにちは」
 タヌキ屋へ三人づれの赤いネクタイのアンちやんが来て、
「こゝぢやア酒を飲ますさうぢやないか。オレたちはどうせアゲられるんだから、道づれにならうぢやないか。一年くらひこむのと、一万円とどつちがいゝね」
 最上清人は常に万全の備へをかため、いつ上げられてもいゝやうにお金は隠してある。ヨタモノにたかられるぐらゐならブタバコへはいつてきた方が安上りだといふ計算はハッキリとつくに立てゝあるから、
「あゝさうかい。オレも近々上げられるところだから、ちよッとぐらゐの時間早くつたつて、おんなじだ。ぢやア道づれにならうぢやないか」
 ヨタモノは哲学者につきあひはないから、退屈しきつた顔付一つ変へようとせず、念仏みたいに呟いて今にも一緒に出掛ける気勢に煙にまかれて、
「あれ、なんだい。オヂサン、話が分つてゐるのかい。一年の懲役だぜ」
「それぐらゐ、分つてゐる。覚悟の上だから、ショウバイしてゐるのだ。君たちは何をボヤボヤ慌てゝるんだ。こつちは先の先まで見透して、懲役でひきあふだけの計算をたてゝ覚悟の上でやつてることだよ。いつでも道づれになつてやる」
 全然落付き払つて、退屈しきつて、見たこともないタイプだから、薄気味悪くなつて、お見それしました、と引上げる。
 パンパンと共同戦線、するとパンパンと兄弟分ぐらゐのチンピラが五人ほど、パンパンの紹介でやつてきて、マーケットぢや食へなくなつたから、お酒、ビール、米、醤油でもタバコでも安く仕入れてくるから引取つて下さい、その代りお店のためには血の雨でもくゞるから、と言ふ。取引は市価の闇相場だから、別にこの取引を拒絶することはない。居ながらに取引ができるだけ楽だ。
 最上清人も驚いた。
 オレがもしその気がありや、なんのことはない、自然にアル・カポネになつちまふやうなものだ。これで禁酒令でもしかれた日には、密造密売、酒と女、否応なく夜の国の王様に自然に祭り上げられてしまふだらう。
 目のあたりパンパンの稼ぎぶりを見せつけられるヨッちやん母娘はにはかに思想が一転して、お前も稼ぎな、今こそ時期だよ、パンパンの組へ入れてもらふ。最上清人は万事にわが意を得て、天の時といふものがソゾロになつかしくて堪らない。
 倉田博文もキモをつぶして
「御時世といふものは、独創的なものぢやないか。最上清人先生がおのづからアル・カポネになるなんて、日本歴史のカイビャク以来、人相手相星ウラナイ、物の本にこんな予言のあつたタメシはないだらうな。全く、あなた、われわれ、歴史を読み、哲理を究めたやうな顔付をして、わがニッポンのギャングの親分が国定忠次や次郎長の型から突然最上先生に移つてくるとは、こいつは気がつかなかつたな。政令の結果は驚くべきものぢやないか。然しこれは政治の力ぢやなくて、アルコール、禁酒令といふものゝ独特な性格なのかも知れねえな。最も孤独なる哲人といふものは、どつちみちフランソア・ビヨンか、そいつを裏がへした聖人君子なんだから、ギャングの性格が腕力主義から商業主義へ移る時にはビヨン先生が夜の王様になるだらう。最上先生は深遠偉大そのものなんだな。アルコールの取引はたゞ餓鬼道の折衝あるのみといふ、これが夜の王様の威厳にみちた大性格であることをたゞの今まで気付かなかつたとは赤面の至りです。こゝに至つて、私も新興ギャングの乾分になりてえな。最上先生の片腕とまでは行かねえけれど、小指ぐらゐの働きはあるだらう。新興マーケットの一つぐらゐは預る腕があるだらうと思ふんだがな」
 最上清人は時間を怖れてゐるので 
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