ここへ移ったとき、温泉に比べれば物価が安くて生活は楽だろうと土地の人々が言ってくれたが、米や薪や炭のヤミ値すら実は温泉の倍ちかく高かった。そして品質がわるかった。
この商魂たくましい町に住んで何かこの町の特色的なものを見たかときかれると、私は小学校中学校の校庭がそろって広大なのにビックリしたと答えたい。せちがらいこの都市で小学校中学校の校庭だけがマがぬけたように広いのである。
私の住む本町二丁目はこの都市ができた時からの中心地で、そこの横町は四百年前からの歴史ある横町だから、そこにある北小学校だけは広い校庭をとる余地がなかったらしく、他と比較してここの生徒が気の毒なほど特別に小さい校庭だ。しかし、それですら他の都市の小学校に比べれば小さい校庭とはいえない。立派に運動会をひらくこともできる。
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私の生れた新潟市はこれも昔からにぎわった港町で遊興と女の町だ。ところがここの特色は小学校の校庭が小さいことで、小さくともあればよいがないのである。私の育った尋常学校は代表的な小学校だが、先生のテニスコートを辛うじて一ツつくる広さがあるだけで、生徒の野外運動場は完全にない。他も大同小異で、お手々つないでワをつくる校庭があればよい方だった。
新潟の小学校が子供の野外遊戯を無視するのもひどすぎるが、それに比較してという以上に、桐生の小中学校の校庭は雄大である。その半数は市営野球場のタップリ倍あるぐらいの運動場をもっている。
ここの子供は幸福だ。どの校庭でも幾組も野球にバレーにハンドボールと混線もせずに遊んでいる。力いっぱいバットをふってもガラスをわる心配もない。タマ拾いの疲れすぎが玉にキズというところだ。
どの校庭でも力いっぱい打撃練習ができるから、小学校や中学校の野球でもポンポンよく打ってビックリするほどだ。
したがって桐生が高校野球では関東きっての名門なのも当然で、小学校から中学校と自然にポンポン打ってきた中から選んで高校一年生のチームをつくっても、それでもう相当なものだ。いつでも平均して強い。平均的なのがいつでもそろっている。つまりドングリ名人の十人十五人に事欠くことがない。ただ一人の名投手が現われればいつでも甲子園へ行けるだけの実力は常にある。ところが一人の名投手がめったに現われてくれないのである。
もっとも、それは桐生だけの話ではな
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