等と拗ねて手に負へなくなる。僕も糞便の始末に困つてお世辞を使つたこともあつたが、こんな可愛気のない奴もないので、二度と頼まなかつた。
 然し、つく/″\見てゐるうちに、百姓がみんな総理大臣の気焔をあげるわけではない、概して、怠け者の百姓に限つて総理大臣の気焔をあげがちだ、といふことが分つてくると、僕も内心甚だしく穏かでなかつた。僕が取手にゐた時は全く自信を失つて、毎日焦りぬいてゐながら一字も書くことが出来ないといふ時でもあつた。毎日、ねてゐた。夕方になると、もつくり起きて、トンパチ屋へ行く。
 総理大臣の気焔をきいてゐるのが、身を切られる思ひで、つらかつたのである。それでも、彼等が各々の職域に属する気焔をあげないので、まだ、きいてゐることが出来た。
 彼等が総理大臣の気焔をやめて俺のうちの茄子は日本一だとか、俺の糞便の汲みとり方は天下一品だ、とか、かういふ気焔をあげたなら、居堪《いたたま》れなかつた筈である。僕は酔つ払つて良く気焔をあげる男だけれども、多分、僕の一生のうちに、取手のトンパチ屋で飲んだ時期が最もおとなしい時期となるに相違ない。宿屋のヲバサンは僕のことを聖人だなどゝ言ひ、ト
前へ 次へ
全7ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング