ハを探してゐるのだ。この辺は昆虫採集家の往来する所で、さういふ一人がこの親爺に向つて、アゲハは三百円もするといふ耳よりな話を吹きこんで行つたのである。その時以来この親爺は野良の仕事をやめてしまつた。尤も、烏アゲハを三百円の金に代へたといふ話もきいたことがない。けれども彼は悠々と毎日昆虫網を担いで森林を散策してゐるのである。
僕も少し気になつたので、東京の牧野信一へ手紙を出して、烏アゲハが三百円もするかどうか尋ねてみた。牧野信一は二十年も昆虫を採集してゐて、僕もお供を仰せつかつて小田原山中アゲハを追ひ廻したことなどもあつたからである。折返し返事が来て、烏アゲハはたしかに値段のある昆虫だけれども、神田辺で売つてゐる標本は三円ぐらゐだつたと記憶してゐるといふ文面だつた。
ある晩、奈良原部落の全住民集つて大宴会がひらかれたが、その晩、昆虫親爺の乱酔たるや甚だしく、総理大臣を飛び越して、俺は奈良原の王様だと威張りだした。昆虫親爺には年頃の可愛い娘が二人ゐるが、この二人が左右からなだめすかして、やうやく王様を連れて帰る始末であつた。酔つ払つた王様はひどく機嫌が悪かつた。相対に、酔つ払つた総理大
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