す」
「ランニングも息切れはするだろう」
彼は唇をかんで、また大粒の涙を落した。そんな会見の結果、退部問題はウヤムヤのままになっていた。
そんなワケだから、彼は五人の学生をそれ以上追うことができなくなったばかりでなく、その地点まで思わず走り寄ったことに羞恥を感じて、とめどなく混乱してしまったのである。地獄の裁判長のような緒方の目を感じた。
山林の小径を通りかかった農夫の与作が様子を怪しんで近づいた。娘はようやく前を合せて立ち上っていた。
与作を見ると、娘は光也を睨みつけて、叫んだ。
「この男とその友達がオレをこんなにした……」
与作は珍しそうに女と男を見くらべた。そして、ほかに適切な言葉もなかったらしく、
「オレも変な気持になった」
と呟いて、戻って行った。そこで光也も歩きだした。山林を歩きまわって、落附きのない時間をすごしたのである。
彼がわが家へ戻ると、娘の母親が、娘の手をひきずって、彼の母親にねじこんでいる最中であった。彼の父は不在であった。
娘も、その母親も、知らない顔ではない。姓も名も知りあっていた。小さな村に知らない同志は住んでいない。娘はまだしどけない様子
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