です。身体に悪いです」
「病気なのか」
「イエ。しかし、病気になってはイカンと思っています」
「当り前だ。誰だってそう思っているから、運動をやって身体を鍛えるのだ。ランニングもやめたのか」
 こう問いつめられると、仕方なしに彼の目から凄く大きな涙の玉がポロリところがり落ちた。彼は窮したのである。
 ランニングと柔道という二ツを同時に思い浮べても羞恥に悩むようになっていた。だから、ランニングを選んだために柔道を捨てなければならないという心底を打ち開けることは絶対的に不可能であった。どっちか一ツを捨てるとすれば、たぶんランニングよりも柔道の方が泥棒泣かせに近づいているだろうというような思弁をどうして人に打ち開けることができよう。
 しかし、部長は追求をゆるめるわけにいかなかった。
「ランニングはやめないのだな」
「…………」
「両立しないのか」
「…………」
「今まで両立したではないか」
 何より苦しいところであった。彼は彼の叔父が村長を辞退するときに云った言葉を思いだして、釈明の辞にかりた。
「ボクもトシですから……」
「お前がトシだって!」
「ハ?」
「いくつだ?」
「息切れがするので
前へ 次へ
全26ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング