それはズシンという重い音がした。彼の脳とは反対に何かがギッシリつまっている音だった。
牛は完全にビックリして、ひきつけてしまったのである。彼は両手の物をとり落したことにも気がつかないでいるようだった。魂をぬかれたような顔に、どこから忍びこんだか分らないような絶望的なカゲがフクフクと浮いていた。
緒方は別に何事も見なかったような冷酷な気持でわが家へ戻った。そして、その日の日記に、
「彼の落したカバンの異様に重い地響。牛の本の重きことよ」
というようなことを書いた。
★
その年の春休みの一日であった。
光也(牛の名である)はハーモニカをポケットに入れて家をでた。
学友の一人にハーモニカを吹きならす者がいて、そのえも云われぬ快音に光也はホレボレと心を奪われたのである。そこで彼は手ほどきを乞うた。病みついて二ヵ月になるが、彼の吹きならすフシギな音も彼の耳には音楽であったし、自らそれを味得する幸福でこの上もなく満足であった。静かな山林の中で自分の音楽を味うために彼は家をでたのであった。
山林の奥へすすんで行くと、近所に物音がきこえた。何気なくふりむくと、学生
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