大きな図体がねじくれてよろけながらドサッと大地にめりこんだ。牛は土を吸って身もだえている。
 しかし、緒方がその近くまで達したときには、牛はもう起き上っていた。どうやら練習は終ったらしく、片手には着類をだき、片手にはカバンをぶらさげたところであった。
 いずこに至って着類を身につけるツモリであるかと緒方はいぶかった。いかに練習の直後とはいえ、この寒風を感じないのは世の常のものとは思われない。牛の肌にはリンゴの色を淡くとかしたような光沢があった。
 緒方はちょッとからかってみたい気持になった。
「君は柔道も強いそうだな」
 牛は童児のように柔和な目に笑みをたたえた。
「腕ッ節が強くて脚が達者ときては、君がお巡りになると、泥棒が泣くぜ。大学なんぞ切りあげて、泥棒泣かせをやるがいいな」
 むろん緒方はその意外な結果を予期してはいなかった。なんの感動もあり得まい。なぜなら感受性が欠けているのだから。たぶんこの牛は人語を正当に解することも知らないだろうと緒方は考えていたのであった。
 ところが牛は緒方の言葉をきき終ると、片手にかかえていた着類をポロポロととり落した。つづいて片手のカバンを落した。
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