々が自分を牛とよぶのはモットモだと考える。自分の走る地響が、自分の耳にも牛のようにきこえるのだった。
No1は跫音《あしおと》もたてないような痩せた優男であった。女学生に人気があった。そのために、女学生は負けた彼をからかった。
「足跡をならしておきなよ」
そんなひどいことを云う女学生があった。決勝点の附近の柵に腰かけて、足を宙にブラブラふり柿やパンをかじりながらワイワイ云ってる女学生どもであった。
「ズシンズシンと負けちゃッたわね」
と云って彼の方にわざと拍手を送る奴もあった。
ズシンズシンという地響はどうにもならないから、どうしても勝ってみせなければならない。しかし、同じ勝つにしても、ギリギリの本音を云えば、人間なみの地響をたてて勝ちたかった。神殿生活のやむをえぬ節食によって、彼は痩せることにも希望をいだいていた。
彼は家へ帰りつくと、母にきいた。
「すっかり、やせたよ」
「バカ云え。一まわり、ふとったわ」
「ウソだろう」
「何がウソだ」
母の剣幕が真剣らしいので彼はおどろいたが、その言葉を信用はできなかった。毎日ひもじい思いをして、ふとる筈はない。ところがハカリにかかっ
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