で適当に痩せたかも知れないから、今年こそ八百で念願の二分をきることができるかも知れない。この考えは彼の神殿暮しにいつも希望の光であった。
 この県のNo1は小学校の教員であった。タイムは彼と同じである。彼はきまったように胸の厚さだけ負けるのだ。そして、そこまで迫まりながら、胸の厚さをどうしてもちぢめることができなかった。彼がキチガイじみたラストスパートの練習にうちこんでいるのは、その胸の厚さを抜くためだ。
 彼はこのNo1に単に好敵手というだけではない敵愾心をいだいていた。それはこの男が人にこう語ったことを知ったからだ。
「彼はドスンドスンと地響をたてて追ってくるから、彼の位置が手にとるように分るのだ。また速力もちゃんと分る。だから要心して大きく離す必要はない。胸の厚さだけ前へでて軽くあしらっているのだ」
 誰しも必要以上にホラを吹きたがるものであるから、ホラだけなら光也は腹も立てなかったのである。「ドスンドスンと地響をたてて」という甚だ好ましからぬ表現に彼は立腹したのである。
 それは事実そうであった。それだから光也はやりきれない。自分の耳にもドスンドスンという地響がきこえるのだ。人
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