「明日もキャラメル持ってきてあげるわ」
「もういいよ」
「手紙よんだ?」
「よんだ」
「おやすみ」
 懐中電燈の灯がよろけながらだんだん遠のいて見えなくなった。
 しかし、翌る晩、女は現れなかった。彼は自分の態度がわるかったために、女を怒らせたに相違ないことを羞じた。
 あの女は、親切だ。しかし、誰だろうかと考えた。
「オレが時々ここに閉じこもって暮していると、あの女が握り飯をはこんでくれる」
 それは大いに可能性のありうることだった。闇夜の山道を独り歩きしてキャラメルを届けてくれたほどだから、自分に好意をいだいているのだろう。あの女と結婚してもいいような考えが、またそれに伴なういろいろの想像が彼をたのしませた。
 女の指の冷めたさが何より身にしみて切実であった。その回想は彼に最も快い気分を与えた。それが女のマゴコロのようにシミジミ思われたからである。

          ★

 五人の学生がつかまったので、彼は家に帰ることを許された。彼の気分からいっても、ちょうど出てもよいころであった。
 そろそろ新学期も近づいたし、ランニングの猛練習もはじめなければならない。自然に節食したの
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