のである。
「アンタは誰だ」
女はやはり返事をしなかった。格子の隙間から風が吹きこんでくるばかりで、その向うに誰かが存在しているような様子はなかった。ソラ耳だったかと彼は思った。その方が理にかなったことに思われた。
「そうだ。誰もくるはずがない」
思わず彼が呟くと、ややすねた声がそれに答えた。
「ここに来ているわよ」
思いだせない声だった。もっとも、彼には親しい女の友達もいない。わけが分らなくて沈黙していると、女が云った。
「ここへ手をだして」
「どこ?」
「ここ」
女は格子をカチカチ叩いて場所を知らせた。
「手がでるもんか。指が一本通るだけだ」
「格子のところへ手をひらいて当てといて下さればいいのよ。いい?」
「いい」
「ハイ」
格子の隙間から何かがポロリと手に落ちた。場所がややずれていたので、手に当って下へ落ちた。光也はそれを探して拾った。
「これ、何?」
「キャラメル。好き?」
「好きだ」
「じゃア、手をだして」
女は指でキャラメルを押しこんだ。そこにちょうど光也の掌があった。すると女はその掌に指を当てたまま、しばらく引ッこめようとしなかった。
氷のように冷い指であ
前へ
次へ
全26ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング