を運んでくれるような親切は再び期待できないだろうと考えると、あじけない思いになるのであった。
「オレが結婚して、子供ができて、小学校へあがるころになれば、朝晩ここへ握り飯をとどけるぐらいの親切はしてくれるかも知れないな」
と空想した。
用をすまして戻ると、光也はいくらか手紙のことを考える気持になった。手紙は父の手中にあったので、彼はそれをとりあげて読み返した。要するにバカバカしい手紙であるが、気分的に悪くないものを感じた。
「これを書いたのは女だろうか」
「女だったら、どうする気だ」
「アンタは錠をたてて早く帰ってくれ」
「この罰当り」
父は手紙をひッたくり、立腹して扉に錠をガチャガチャとおろした。
それから数日後のことである。
日が暮れてまもなく、光也がハーモニカを吹き終ると、
「光也さん」
遠慮がちに呼ぶ声がきこえた。若い女の声であった。
「誰だ?」
返事がなかった。光也は不承々々格子のところまで出かけていった。あの手紙の女だろうと考えた。しかし、若い女が夜間ここまでやってくるということはいかなる事情にしても過剰すぎる行為に考えられたので、彼は親しむ気持が起らなかった
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