な城壁をかまえたが考えることを失ってしまったのである。過去のいかなる経験も、生きるはずがないのである。一そうバカになったようなものだ。
しかし、記代子一人のことではないだろう。日本の多くの娘たちが、似たり寄ったりに相違ない。要するに、日本の女というものは、家庭の虫のようなものだ。物質的、精神的にも、義理人情を食餌にして一生を終るように仕込まれている。義理人情にとっては、批判というものは無用の長物、あっては困るものである。記代子のように、一見、義理人情にも突き放され、世間から孤立させられた立場に立たされたようでも、義理人情から解放されたわけではない。義理人情を省察し、自己を省察することを知ったわけではない。むしろ、義理人情に縋ることしか知らない魂が、その義理人情にも見放されたことに対する咒咀《じゅそ》と、益々依怙地な敵意と、自己保存慾があるだけのことである。
こういう女でも、男に愛される資格はある。青木が悲しく結論し得たことは、それだけであった。経済的に独立し得たところで、彼女の幸福はあり得ないだろう。なぜなら、彼女は義理人情の外には安住できない女だからである。
男の愛情を当にする
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