、帰っていただきます」
「御意のままですよ」
「昔のことは、もう、すんだことだわ。親しい名前や言葉で話しかけるんだって、失礼だわ」
「わかりました」
「私の旅館、知ってるのは、あなただけよ。ですから、あなたにしていただく用があるから、明日の朝、来て下さるのよ」
「承知しました」
五
翌朝、青木は早めに出勤の支度をして、旅館の記代子を訪問した。
早く目をさましたものとみえ、朝食もすませ、服装も化粧もキチンとして、所在なさそうにしている。
「よく眠れましたかね」
記代子は目をけわしく光らせて、
「私を探してきた人はなかった?」
「まだ、きません。で、御用というのは、何でしょうね」
複雑なかげりが記代子の顔を走った。まだ思案がついていないのではないか、と青木は思った。しかし、記代子が漠然と志向しているものは何だろう? それを思うと、青木は背筋を冷いもので触られたような不安を感じた。
「ねえ、記代子さん。あなたが再度の失踪に当って、ぼくを下僕として選んで下さったことを、しみじみ感謝していますよ。昨夜御命令によってお約束した通り、ぼくは最良の下僕としてあなたに奉仕いたし
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