別に知らなくともいいことらしい。だが、ねえ、お嬢さんや。ぼくの昔の奥さんは、たしかに文学的で、少女趣味ですよ。しかし、あなただってさ。文学的なお嬢さんに相違ないと思うんだね。なぜなら、現世に生きる人間というものは、一応常識というものを思考の根抵におかなければいけないものですよ。だが、記代子さんは、限られた小さな現実を全部のものにおきかえているね。思考の根が、常識でなくて、あなたを主役にした劇なんだ。夢なんだよ」
「それでいいと思うわ。じゃア、あなたは誰のために生きているのよ。放二さんのためなの? それとも別れた奥さんのためなの?」
「それは、人生というものは、云うまでもなく自分のためのものさね。しかし、自分の位置、限度というものを心得なければいけませんよ。あなたはツボミのようなお嬢さんだし、ぼくは花ビラの散りかけた老いぼれですよ」
「そんなことが理由になるのは、ほかのことがあるせいね。正直に云えないことがあるからよ」
「なア。記代子さん。もっと打ちとけて、茶のみ話をしようよ」
「イヤ」
 記代子は立ちあがった。

       八

 青木は記代子を送ってでた。
「なア。記代子さんや。
前へ 次へ
全397ページ中133ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング