のね」
「そうでしょうか?」
あどけない目をクルクルさせて、せつ子の瞳をのぞきこんだ。
せつ子は調子を変えて、
「あなた、学校は?」
「田舎の高等学校一年生の一学期まで。東京へとびだしてきましたの」
「あなたは利巧だから、何をやっても、成功するわね。何か、やってごらんにならない。私、後援してあげるわ」
ルミ子は大そう困ったらしく、
「そう見えるんですか?」
「自信を持たなきゃダメよ。あなたは身に具った珍しい天分のある方だわ」
「そうですかア」
ルミ子はくすぐったそうにニコニコしていたが、やがて、哀願するように、
「そんなこと、おッしゃらないで。世間には、いろんな望みをもっていて、誰かがお金を貸してくれないかなア、なんて考えてる人がタクサンいますわ。ですけどね。私は、そうじゃないんです。ほかに望みがあって、誰かの力をかりたければ、こんなこと、していませんわ」
ルミ子の顔は平静であった。そして静かなる微笑にも変化はなかったが、語調がやゝ改まってきたようであった。
「私だって、人並みに、何かがやれるぐらいの自信はありますけどね。私は、やる気持がなくなっているのです」
ルミ子は自分の気持が改まっているのを羞じて、笑いだした。
「こんな話、よしましょう。面白い話、教えて。女の社長さんて、どんなお仕事なさるんですか。お仕事の話、きかせて。私もパンパンの話、きかせてあげるわ。私は商売の話、すきなんです。それしか知らないのですもの」
八
せつ子はいつまでもルミ子を相手にしていなかった。
「食事はどうしてらッしゃるの?」
長平にきいた。ルミ子の部屋には、炊事道具も、食器らしいものもなかった。コップと、小さなヤカンがあるだけであった。
「なんでも出前をするようになったからね」
長平は不自由を感じていない様子である。
せつ子は、食って生きれば足りる、という生活態度には賛成できなかった。それではミもフタもないし、生きるハリアイもない。
ルミ子の心の安定などというものも、同じように乞食の心境にすぎないのである。生れたまま、手数をかけずに、ほッたらかしておけば、元々、人間はそれだけのものだ。それだけではミもフタもないから、いろいろの手間をかけ、ムダをする。人生は実用の如くであるが、ムダをたのしむことでもある。人為的なタノシミを発見すること。歴史の跡にしるされた人間の逞しさといえば、それだけである。
ルミ子の安定が十九という年齢によって珍しいということすらもウソである。乞食や泥棒の心境は年齢に関係のあることではないのである。ジオゲネスは学問というムダを重ねたおかげで、老いぼれて乞食の心境を会得したが、ムダをしなければ、子供の時から誰でもがなれる心境だ。
長平は乞食の安定に同感している人間ではない。人生は実用の如くで、実は、最もムダを活用すべきものだ、ということを骨の髄から会得している芸術家である。人為というものを自然の上におくことを天性としている人間であった。
しかし、人間には郷愁というものがある。たまには、炊事道具もない部屋で、乞食の心境を会得した十九の娘のモテナシをうけることは、マンザラではないかも知れない。それは休養というものである。
しかし、人生と休養をゴッチャにするのは、利巧な人間の為しうべからざることである。休養の場を、実人生の場の如くに、安定しきっているというのは、よくよくのバカのやることで、その安定が見るからにタノモシそうでも、実用の役に立つものではない。実用にならないものは、デクであり、バカバカしいの一語につきる。
「散歩もなさらないの?」
「そう云えば、このアパートから一歩も出たことがないね」
デクは今さら一歩もアパートから出なかったことを発見した様子であった。
「たまには街へでてごらんなさい。復興途上の街というものは一ヶ月に三年ぶんぐらい変るものですよ。一夏で銀座もまるで変りましたよ。食事がてらブラついてごらんなさい」
長平はオックウであった。彼は散歩というような気持にはなれなかった。街へでるときは、街の中へ、溶けこむ時である。街へ生死をなげうつ時だ。
なにも、このアパートにいたいわけではない。しかし、とにかく、この一室にいる時はこの一室に溶けこんでいる。そして、さらに街へ溶けこむことが、今は必要でもないし、オックウであった。
「今は、オックウです」
長平は気の毒そうに、つけたした。
「ぼくが上京していることを、見て見ぬフリをしてくれないかな。街へでる時には、京都から、街のために上京します」
デクの気持が分らぬではないが、バカバカしいことには変りがない。とにかく見切りをつけるのが利巧だから、せつ子はこだわらなかった。
九
放二はその二三日いくらか元気をとりも
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