惹く特長もない。社会見学に働いてみるのも悪くはないが、当りまえの奥さんに落ちつく以外に手のなさそうな娘である。
さッきから、せつ子の頭にひらめいているのは、記代子を放二のお嫁さんに、ということだった。悪くない方法だ。
出版事業をやることになれば、放二にはイの一番に手伝ってもらう必要があるが、すると、宇賀神のことも当然放二に知れてしまう。知られて困ることもないのだが、放二に家庭のある方が無難には相違ない。
「じゃア、あなたが社へ戻って十分ぐらいすぎたころ、誰かに電話かけさせましょうね。旅先から知らせがきて、放二さんに伝言があったから、と、そう云ってもらったら、よろしいでしょう」
「ええ。じゃア、五時か、五時ちょッとすぎたころ」
「ええ。それでね、青木さんをまいちゃッて、あなたと放二さんとお二人で、マルセイユへきてちょうだい。スペシャルのフランス料理ごちそうするわ」
せつ子は一目で、記代子が自分に好感をいだいたことを見ぬいていた。万事都合よくいっているのだ。
「今日は私の記念日なのよ。とても嬉しいことがあったのよ。たぶん、私の生涯の記念日になると思うわ。第一回の記念日に、あなた方と祝杯をあげるのは、因縁ね。きっと、重大な意味があるのよ。お食事のとき、記念日のわけ、話しましょうね。飛びきりのフランス料理たべながら」
「まあ、素敵ね」
「青木さんは、うまくまいてちょうだいね。そんなこと、できそう?」
「ええ、カンタンよ。私たちアベックで散歩したいんですからと云ったら、その場で退散しちゃうでしょう」
記代子はクスクス笑って、あからんだ。
せつ子は記代子を送りだして、あれでも女は女なんだと、バカバカしい気持になるのであった。
四
記代子はかなり巧みに芝居を演じた。小娘としては出来すぎたほど過不足なくやったつもりであったが、青木の鋭いカンをごまかすことは不可能であった。
青木は記代子の想定どおり、アベック戦法に撃退されて二人に別れを告げたが、ただちに尾行をはじめた。
青木のカンは鋭かったが、しかしカン違いもやっていた。せつ子の帰京がおくれたことは真にうけたのである。
「この娘は長平さんの姪だというからな」
と、彼は内心せせら笑った。
「オレをまいて、長平さんと会いに行こうという寸法か。笑わせちゃアいけないよ。オレの目の黒いうちは、どんなに落ちぶ
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