れても、お前さん方若い者に」
二人がマルセイユへはいったのを見とどけると、青木は三十分、店の傍に見張っていた。大庭長平が先にきているはずはない。おくれて来ると見てとって、待ちかまえていたのである。これが失敗のもと。二人のあとからすぐはいれば、せつ子の姿を認めることができたかも知れなかった。
三十分待ってもこないので、扉を排して、はいる。敬々《うやうや》しく近づくボーイに目もくれず、まずサロンをゆっくり見廻したが、二人の姿も、長平の姿も見えない。スペシャル・ルームにひッこんでいるのだ。
「小説家の大庭長平さんのお部屋へ案内していただきたい」
「大庭さんとおッしゃる方ですか」
「そう。五十がらみのデップリした西郷さんのような大男だよ」
「ちょッと分りかねますが」
「三人づれだよ。はじめ西郷さんが待ってるところへ、美青年と美少女がアベックで訪ねてきたはずさ。しらべてみたまえ」
ボーイは他の数人の同僚たちに訊いてまわったのち、
「大庭さんとおッしゃるお客様は本日はお見えになっておりません」
インギン丁重である。さてはボーイにいたるまで堅く口どめに及んでいるのかと、青木は察しがよすぎて、
「ヤ。失敬。デップリした洋服の西郷さんに、よろしく」
と、ひきさがった。こう警戒厳重では、単身では手が廻らない。明日はカバン持ちの戸田を助手に使って、放二の社に張りこませてやろう。放二のアパートも分っているのだし、今、あせることはない。
青木は自分の宿屋へ戻ってきた。戸田は彼の指令をうけて別方面の金策にとび廻ったはずだが、その戦果はどうだろうかと、部屋へはいると、待っていたのは、戸田ではなくて、礼子であった。
「やア。あなたか。戸田君は?」
礼子は答えずに、チラと目を部屋の隅の机の方へやった。青木がそこを目で追うと、彼のカバンにいれておく書類が、机の上につみあげてある。戸田がそれを掻きまわす必要はなかったはずだが、と、近よって見ると、鉛筆で走り書の紙片がのっかっていた。
青木はそれを執りあげた。
「しばらく月給もいただきませんので、代りにいただいて行きます」
しらべて見ると、カバンと、身の廻りのものがなくなっていた。いまや、着のみ着のままだ。急場をしのぐものと云えば、腕にまいたロンジンぐらいのものであった。
五
青木は泣き顔をかみほぐすのに長い手間はかか
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