が真剣にだますつもりなら、彼に誠意のとどくまで、甘んじてだまされることに不服はなかった。誠意がついに届かなくとも仕方がないと諦めるのはワケがないが、彼は一生だまされてみたいような気もしていた。一生をかけてだまされたら、なんとかなりはしないかというミレンがあった。
しかし、エンゼルの話はどことなく軽薄であるし、あいにくなことには、なんの苦労もなくエンゼルの申出に応じうる資格があったのである。
放二は今度の慰労金に、旅行して疲れをやすめてこいと、せつ子から十万円もらっていた。その一部に手はつけたが、補充して十万円にするのにそう苦労はない。
あんまり簡単に応じうることを言われたので、放二は迷った。しかし、迷うのは、結局金がおしいからだと考えると、心はきまった。
「多少のお金でしたら、ぼくの出来る限りのことは、なんとかしたいと思います。ですが、あなたは信じてくださるでしょうか。ぼくが本心からあなた方のお友だちだということを」
十三
「それは信じていますとも。記代子も、ぼくも、あなたが二人に共通の唯一の友だちだということを忘れたことはありません」
エンゼルはこう応じたが、ウスノロの態度が真剣なので、このウスノロは本当にいくらか出すつもりじゃないのかと気がついて、おどろいた。どこまでウスノロだか分らない。先方がそのツモリだとすると、こッちも、もらって損はないから、
「イヤ。こう申上げても、あなたは本当にして下さらないでしょうね。ぼくが悪るかったのです。昨夜、酔っぱらって、とりみだして、あまりと言えば、あまりの醜体です。昔の悪い習慣、三ツ子の魂です。酔っ払うと、昔の悪い男が顔をだすのです。昨夜の醜体はよく記憶していませんが、そのあさましさは、だいたい見当はついています。ぼくはジキル博士一本になりたいのですが、汚れた血は、生涯ついに、ダメですかなア」
「いいえ。ぼくがミレンがましく、友情を信じてくれますかなどゝ、疑ぐりぶかい心をさらけだしたのが、あさましいのです。醜体はぼくなんです。先日から、信頼していただくことばかり考えていたものですから、不覚なグチを申上げてしまったのです。ぼくの存在がお二方のお役に立てば、それだけで満足なんです」
実にグチなことを言ったものだと、放二はすこし呆れていた。だまされることなんて、なんでもないことではないか。だまされまいと
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