することは、あるいは最も邪悪の念の一つであるかも知れない。
エンゼルを疑ぐる必要はないのである。自分の一生を通じて、記代子とエンゼルのためにマゴコロをつくせば足るのであると放二は思った。
「記代子さんはどうしていらッしゃいますか。一目御挨拶いたしたいのですが」
「そうですね。ちょッとカゼをひいてねていますが、様子をきいて参りましょう」
ウスノロがすすんでカモになりたがっている様子だから、二度と記代子に会わせないつもりであったが、ワガママを言っているわけにいかない。にわかに記代子にムネをふくめて、今度彼女の店をだすについて十万円かしてくれと頼んであるから、お前からもよろしく頼むがよい、と、つれてきた。
しかし記代子は放二にたのむ気持はないから、ツッケンドンに、放二を見下して、
「私、あなたから、お金かりようなんて思わないのよ。どうせ梶さんのお金ひきだしてくるのでしょう。汚らわしいわ。ですが、エンゼルに貸すんでしたら、貸してあげなさい。きッとよ。貸しますね」
放二は赧《あか》らんでうなずいた。
「ぼくは、ただ、お役に立ってうれしいと思っているだけです」
「誰のお役にですか。エンゼルのよ。私はあなたにお役になんか立っていただきたいと思わないのよ」
「おッしゃる通りです。ぼくの言葉が、ぼくの耳にも、まるでお役に立つことを押しつけているようにきこえます。そんな気持ではないつもりなのですが、ぼくの本心が結局それぐらいでしかないのだろうと思います」
記代子の目はいつも彼の欠点を鋭く見ぬいていると放二は思った。それは記代子が正しい生活をし、心が正しい位置におかれているからだ。
肉親に、友に、見すてられた記代子は、その心が正しい位置におかれているからであろう。人に愛されようとする自らの心は、ゆがんでいる。それをどうすることもできないモドカシサを放二は感じつゞけた。
十四
翌日、放二は約束通りエンゼル家を訪ねて、十万円渡した。
十万円渡した瞬間から、サバサバした気持になることができた。金というものは奇妙な生き物である。人にやるときめた金でも、フトコロにあるうちは、ミレンの去りがたいものがある。他人に所有権が移ってしまえば否も応もない。自然にサッパリしてしまう。
十万円で人の信頼を買おうという考えがどうかしている。金額の問題ではない。金で人の心は買えな
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