エンゼルは気をもたせて、しかし、恐縮したように笑ってみせた。
十二
エンゼルは放二をなめてしまった。もはや、こんな小物は相手ではない。記代子というバカ娘が格下げだから、それと対等にも当らないウスノロは問題ではなかった。仮面の必要がなくなったのだ。彼がケツをまくってみせる相手は、大庭長平と、せつ子という女社長である。
彼はシャア/\と放二の顔をうちながめて、
「どうです。あなたも、一口、やりませんか。ちょッとした商売ですよ。あのルミ子さんを女主人公にしてね。あの子は若くて、可愛いらしいですな。万人むきで、特に大学生むきだなア。記代子がちょッとそうですが、これがこの商売のコツですなア」
エンゼルは宿酔《ふつかよい》で頭が重くて、やりきれない。宿酔というものは、宿酔の相手をめぐって不快に思いがこもっているものだが、それはエンゼルでも同じことで、その相手が目の前にいると思えば、不快で邪魔っけなウスノロだが、いくらか気がまぎれないこともなかった。やむをえず、ムダ口をきいているだけのことだ。
「その商売というのが、秘中の秘ですが、先に取払いになったマーケットね。あれを今回オカミの手で、まア、何々公団というようなところでやるんですかなア。明るく、健全な、見た目にもスマートなマーケットに再建しようというんでさあア。この店舗の契約なんですがね。これを然るべき手を通して、発表前にちゃんと予約できるんですな。本当の契約金は十万ですが、然るべき筋へ五万いる。あの新宿の一等地がそれだけでよろしいのです。ぼくは、ここである明朗な商売を記代子にやらせたいと思っていますが、さし当って、困っているのは現金なんですよ。ぼくには現金がないのです。その日その日の運転資金が精いっぱい、生活費にも事欠いてロクな物も食わせないのに、野郎どもも記代子も平気で我慢してくれますよ。時世だから、仕様がない。ね、これですよ。でも、あなた、みすみす、もうけ口があるのに、私もムリな苦面を重ねてもやってみたい。記代子もやりたがっているのです。五万ぐらいは、ぼくもなんとかできそうですが、あなた、十万、かしてくれませんか。記代子のためたです。記代子の商売なんです。あなたを記代子の親友とみこんで、おねがいするのですよ」
放二は思いまどった。
エンゼルの話は、なんとなく軽薄である。だまされるにしても、彼
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