が野中さんに対して偽る気持をもたないこと、野中さん御夫妻へのぼくの偽りない友情を信頼していただきたかったからです。かりに、ぼくの周囲の方々が、お二方のお気にさわる態度を示す場合にも、ぼくの友情は信じていただきたいと思ったからです」
エンゼルは苦笑した。この男を買いかぶっていたようだ。酔っ払ってもいたし、パンパンアパートの雰囲気が一風変って異様でもあるから、買いかぶってしまったが、この男の底が知れてみると、あの雰囲気も別に異様ではないようだ。つまり一番グズな人間どもが、グズ同志よりあつまって、センチなママゴトみたいなことをしているのだろう。記代子はバカそのものであるが、この男はそれに輪をかけたウスノロかも知れない。
エンゼルは大庭長平について、計算ちがいをしていた。記代子はニンシンしているし、知名人の姪であり、愚連隊と結婚させるはずはない。取り戻しにきて、なんとか挨拶があるだろうと期しているから、なんの取柄もないバカ娘をおだてあげて、本宅に鎮座させ、女房然とつけあがらせておくのである。
放二の伝えるところによると、大庭長平は全然平静で、好いた同志なら何者と一しょになってもかまわないという考えだそうだ。そして、一安心して、京都へ帰ってしまったという。
エンゼルは事の意外に驚いたばかりでなく、大庭という奴が海千山千の強《したた》か者で、記代子のバカさかげんに手を焼いており、これを拾いあげたエンゼルをいいカモだと笑っているのじゃないかとヒガンだほどであった。
エンゼルは、にわかにバカらしくなっていた。奥様然とのさばっている記代子のバカ面を見るのも胸クソがわるい。
戦法を変えて、芝居気なしに、露骨な取引をすべきじゃないかと考えはじめたから、放二に対しても、演技者の気持を多分に失っている。さもなければ、酔いすぎても昨夜のようなことはやらない。
放二という男は、見る通りこれだけの、掛け値なしのグズのウスノロと見極めをつけたから、即坐に新体勢をととのえた。
「実はですね。諸事金づまりの世の中。仕事を手びろくやりすぎたものですから、費用はかさむばかりですが、回収する金が十分の一もありません。流行のコゲツキという奴、どこも同じ風ですなア。花屋だけでは、損するばかり、食って行かれませんから、記代子にも働いてもらわなければならないのです。まさか女給にだすわけにもいきませんが」
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