ルを飲むだけならいいでしょう。ちょッと、つきあってよ。ねえ。私、このビール二三本、もらって、いいでしょう?」
ルミ子は遠慮なくビールをぶらさげて立ち上った。エンゼルはニヤニヤ笑いながら、彼は有るッたけのビールを軽く両手にぶらさげて、立上って、だまって、ついてきた。
五
ルミ子はフトンを片隅へよせて、酒もりの場所をつくった。
「ヌキ忘れちゃった。あんた、歯でぬけるでしょう」
「バカ言え。とってこいよ」
「歩くの、ヤだなア。損しちゃった」
ルミ子はヌキをとりに放二の部屋へもどって、
「カギかけて、電燈消して、早く寝ちゃった方がいいわ。出てきちゃダメよ。インネンつけられると、いけないから。親分らしいとこなんて、ありゃしないよ。タダのヨタモンだわ」
ルミ子は苦笑をもらした。人殺し、強殺犯、そんなお客は見なれてきた。男にドスやピストルを突きつけられたこともあった。ヤブレカブレの男は何をするか分らない。しかし、屋敷もちのエンゼルは、たかがパンスケ相手に手が後へまわるようなことはしっこない。
ルミ子はヌキをぶらさげて部屋へもどった。
「あんた、レッキとした顔でしょう。ビールぐらい、歯でぬくもんよ。この部屋のお客さまはみんなそうするのよ。前科十二犯のオジサンは堅い物が噛めないほどボロッ歯だけど、ビールの栓は器用にぬいたわね。ヌキがなくッちゃ栓がぬけないようじゃ、悪い事はできないものね。泥棒に忍びこんで、ビールをみつけて、ヌキ探してちゃア、フンヅカマるでしょう」
「オレを泥棒あつかいに、しようッてのか」
「似たようなもんじゃない」
「フ。相当なことを云やアがる。落ちついて、ませたことを云うじゃないか。オレの女になれよ。ジュクでいゝ顔にしてやらアな」
「荒っぽいこと、きらいだもの。パンパンに生れついてるのさ。ノンキでグズな商売が好きなのさ」
「顔がきいて、楽にくらせたら、この上なしだろう」
「威勢のいいのがキライなのさ。威張りたくもなし。パンパンがいっとう楽で、面白いや。泥棒だの、人殺しの実話物きかせてもらッてさ。兄さん、人を殺したこと、ある?」
「フ。それが、どうした」
「私はね、目の前で人が死ぬの、一人で見てたことがあるよ。三べんだか、四へんだかね。たくさんの数じゃないけど、忘れちゃった。いろんなことが、こんがらかるから」
「フ、そんなパンスケがこのへん
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