であっただけだ。
 しかし、キッピイが根からの悪党だとも思われない。エンゼルが街のダニであるにしても、それだけが彼の全部ではないはずだ。キッピイがエンゼルにとりいるために級友を売ったにしても、人間というものは多かれ少かれ人を売っているものだ。人間には、めいめいに、やむにやまれぬ悲しい立場があるのだから。
「どうしたら、エンゼルの住所がつきとめられるんだろうね」
 カズ子が分別ぶって言った。ヤエ子は大根足の股をひろげて投げだして、ひっくりかえって、ウチワで胸をバタバタやりながら、
「ルミちゃん、ジュクでパンパンやるのさ。エンゼルの子分が遊びにくらア。そのうちに、なんとかなるよ」
「フン。それぐらいのことだったら、あんたで間に合うよ。やってきな」
 カズ子にこう言われて、ヤエ子はプッとふきだした。
「まったくだ。エンゼルの子分と遊ぶぐらいだったらね。チェッ! つまらねえとこで、間に合いやがら」
 エンゼルの住所を探すということは必ずしも彼の仕事の領分ではない。エンゼルのもとに居ると分れば、せつ子や長平や、又は、警察が探しだしてくれるだろう。
 しかし、放二は、そうしたくなかった。記代子の過去も現在も、誰にも知らせたくなかったのである。
 どうしても、彼自身の手で、記代子を元の位置へ置き戻さなければ、と、思った。
 しかし、そのとき、ルミ子がこう言った。
「記代子さんを探しだしてあげるのが、その方に親切なことでしょうか?」
 ルミ子は思い惑っていた。

       八

「エンゼルに手下が多いたって、監禁してやしないでしょう。監禁されているにしても、逃げられないことないはずだわ。ポッとでの田舎娘じゃないもの。都会のオフィスで働く女性だものね」
 ルミ子は表現の言葉を選ぶのに苦しんだ。
 記代子をバカな女だと思うけれども、自分や自分の周囲の女と同じようにバカなだけだ。彼女らがこんな暮しをしているのも、バカのせい。それを悔いてもいないし、世間体よく暮す人を羨んでもいないが、記代子をハッキリとパンパンなみだと言いきって、寝ざめが良くもない。
「その気持があれば逃げだせるのに、逃げないとしたら。……世間で思うのと、当人が思うのと、ちがうんじゃないかなア。泥沼から助けられて、迷惑する人もいないかなア。泥沼なんて、心境の問題だ。お金をウントコサもって鬼のように生きている人もいるし、
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