であった。ひとしきり、それで議論がわいたが、言うだけ言わせておいて、年配の女はこう結論した。
「あの娘はね。良家の娘なんだってさ。お金持ちの娘らしいのよ。そして、ニンシンして家出中かなんかだって。それで、子供を生ませて、養育料かなんか、ゆすらせようッてことなの。それがキッピイの発案なのよ。だから、キッピイのツモリじゃア、女の世話じゃなくッて、もうけ口の世話のツモリだったんでしょうね。とにかく悪党よ。いいとこ、一つもない奴ねえ」
 ルミ子はキッピイやエンゼルの悪党ぶりには驚かなかった。そんな奴は、どこかにタクサンいるものだ。わけが分らないのは、記代子という娘であった。ポッと出の田舎娘じゃあるまいし、その馬鹿ッぷりに見当がつけかねるのだ。

       七

 人間はいつも何かにためされているような気がするとルミ子は思った。
 放二のような稀有な人が、せつ子だの記代子のような女とばかり交渉をもつということがその証しだが、人間万事、そんなものでもあるらしい。
 両々その処をうるというのは愚人の夢か諦めである。不均衡、不安定、ガサツなのが人間関係の定めであろう。それに対処することによって、いつも何かにためされているのが人間だ。
 利巧だけがためされているわけではない。バカはバカなりにためされている。自分の位置や身の程を知らないから、バカは得だという理窟もない。記代子のような女を相手にさせられて放二が損してるわけでもなくて、ただ、ためしに応じて生きるのが人間の定めのように思われた。
 そして、尊大なせつ子や、バカな記代子のお相手をさせられるのは、放二が稀有な人だから、ためしが大きいのだろうとルミ子は思った。
 ルミ子は、ともかく、自分の義務を果したことで満足した。意外にも早く、一夜のうちに。それというのも、キッピイにぶんなぐられたせいである。それがキッカケでもあったし、又、ぶんなぐられたルミ子である故、彼女がキッピイに興味をもったり、こまかく質問することを人々は怪しまなかった。
 ルミ子はおそくアパートへ戻って、放二に報告した。
「エンゼルの住所は、女給さんたち、知らなかったわ。知らないのが当然だから、一々きいてもみなかったけど」
 放二は驚きもしなかった。キッピイの様子から相当ケンノンな事情が想像されたからである。エンゼルが記代子のかねてからの愛人でなかったことが多少意外
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