せんか、というようなことが走り書きしてあった。
 子供の案内で、近所のお寺へ行ってみると、木立の中で、せつ子は子供たちと蝉をとっていた。
「お早う。まだ、十時半よ」
「ぼくは早起きだよ。荷物は?」
「ちょッと散歩にぬけだしてきたのよ。大阪から」
「じゃア、殿様のお供だね」
 せつ子は軽くうなずいてみせた。
「京都の子供ッて、東京の言葉がわからないのかしら?」
「どうして?」
「お手紙とどけてちょうだいッて頼んだんです。なかなか分ってくれないのよ」
「それは君の頼みが奇怪だから、理解できないのさ」
「いいえ。理解しようとするマジメな気持が顔にアリアリ現れているのよ。言葉が通じないらしいわ。京都にも気の短い子がいるのよ。言葉が通じなくッて、モシャクシャしたらしいのね。インデコ、だって。わかる?」
「インデコ?」
「もう、帰ろう、ッてことなの。さッさと逃げて行っちゃったわ」
 せつ子は板チョコを折って長平にくれた。子供たちがチョコレートをかじっているところをみると彼女が配給したのに相違ない。せつ子が手をふってサヨナラと叫ぶと、古都の子供たちは、サヨナラ、バイバイと言った。
「浩然の気を養うという大人の風格があるよ」
 と、感心したのか、ひやかしたのか、わけのわからないことを長平が言うと、せつ子はなさけなそうに苦笑して、
「ゴキゲンとりむすぶの、つらい。息苦しくなるのよ。でも、こんな、息ぬきに散歩にでたりして、とても一流じゃないわね」
 そして、道ばたの犬に、じれったそうに口笛をふいた。
「記代子と青木はどうしてる? まさか、死にもしないだろうね」
 せつ子は驚いて長平を見つめた。
「どうして、知ってらッしゃるの?」
「穂積君がきかせてくれたのさ」
「知られぬ先に、処分しようと思っていたのに」
「処分て?」
 せつ子はボンヤリ口をつぐんでいた。

       三

「処分とは、おだやかならんね」
 重ねて、こう問いかけると、せつ子はものうそうに目をうごかして、
「誰にも知られないうちにと思っていたのよ」
「だって、ぼくは叔父じゃないか」
「だから、尚さらのことよ。こんなこと、肉親は知る必要のないことよ」
「そういうもんかね」
「わかってるくせに」
 せつ子は悠々と歩いていた。
「記代子さんは見かけによらぬアマノジャクよ。ダタイなさいとすすめても、フンという顔よ。私を嘲ける
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