ような薄笑いを浮べるだけなの」
「じゃア、記代子はニンシンしたのかね」
せつ子はうなずいて、
「私のほかには知られていないと思うけど」
「青木だろうね、男は?」
せつ子は、又、うなずいた。
考えてみたって、仕様がない。長平は観念した。人間はみんなそれぞれ一人前に動きだすのが当然なのだから。どこといって、ぬきんでたところもなく、一風変ったところも見えない記代子なのだが、お半だのお七だのと思いきったことをやらかす女は、平凡で取柄のない小娘にかぎるのかも知れない。
それまでは予想もしないことであったが、恋をしたあとの記代子のふてぶてしさが、にわかに思い当るような気にもなった。
「なぜダタイしないのだろうね」
「なぜでしょう」
「よほど、頭がわるいんだろうな」
「平凡な子ほど気違いじみたことをしでかすわ。女の本能が気違いじみているのね」
「静かにさとしたらどうだろう。気が立っているだけじゃないかな」
「そうでもない。私の能力でできるだけの手をつくしてみた。青木さんの子供なんか、生ませたくなかったから」
手を変え、品を変え、さとしたり、すかしたりした時のことを思いだすと、腹のたつことばかりであった。
青木の口からダタイをすすめさせもしたし、青木もそれに不賛成ではなかったが、記代子はきかなかった。青木もあきらめて、
「結局ダタイをすすめることが、何よりダタイしないという決意をかたくさせるようなものさ。ねえ、社長さん。ほかに理由がありますか。ぼくには、てんで見当がつかない」
彼は力つきて、こうせつ子に報告した。
「あなたは子供を育てますか」
こうきくと、青木は決意の重さにおしつぶされそうな、蒼ざめた顔をひきしめて、激しすぎるほどキッパリ言うのだ。
「むろんですとも。ぼくの子供ですよ。考えてみると、ぼくの足跡はこれだけなんだ。そう考えてニンシンさせたわけではありませんがね。みじめな男は、足跡がのこるまでは、それを欲してやしませんからさ」
カラカラと、目まいでもしているような笑いをたてるのであった。せつ子は顔をそむけた。思いだしても悪感がすると思うのだ。
「放二さんと記代子さんを、結婚おさせなさろうとお思いじゃないこと?」
せつ子は長平をみつめて、
「先生のお考えはどうなの? 先生がそれを希望なさるなら、私、必ず記代子さんをダタイさせます。いいえ、むかしの処女にも
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