が起るにしても、二つの夜は、その時に限って継続しているにすぎないのだ。せつ子のように多事多端な毎日をすごす人でも、当人の身には事もない一生であるかも知れない。
「すると、君自身の特に最近の実感だね。事もなく、又、多忙をきわめているらしいな」
「多忙を自覚する人と、自覚しない人に分類して、ぼくはやや自覚派に属していますよ」
「君がかねえ。そんなにとぼけてねえ」
「とぼけているのは顔だけですな」
「青木君と記代子の二人はどうですか。自覚派かも知れないな」
 穂積はちょッとうつむいて考えこんでいたが、ちょいととがめだてるように、
「ひどいねえ」
「なにが?」
「記代子さんは、先生の姪ですよ。まるで赤の他人の話のように」
「へえ。そうかい。ほくが君に訊きたかったのが、それなんだぜ。当人が姪の身の上を他人同様きき流すのは当人の自由なんだぜ。ところが、それをぼくに語ってきかせる君の場合は、世間なみの礼義みたいな気兼ねがありそうなものじゃないか。御愁傷様というような、ね。ぼくの目からは、君の方がトーチカのように見えるんだがね」
「ハッハア」
 穂積は明るく笑って、
「だから、人のことで気をつかっちゃいられないんです。その代り、自分のことじゃア、慟哭しますよ」
「バカに都合がいいんだね。それで安心しているわけじゃアなかろうね」

       二

「しかし、これに就ては、どうですか。五十がらみの男と二十の娘が恋仲になってですな。まア、一般的な感情として、男に好感がもてないのが自然だろうじゃありませんか。ところが案外にも、男の方は、なんとなく引き立ってみえるんですな」
 穂積はハッハアと笑って、
「しおれた野草のような青木さんが、一輪ざしの花のように生き生きと、ハッハ、まア、それぐらいに見える瞬間もなきにしもあらずです。それにひきかえて、二十の娘は徹底的にウスノロに見えるんですな。けだし、ぼくのヤキモチのせいでしょうかね」
 そして穂積は記代子の恋愛状態のウスノロぶりについて例をあげて語ってきかせた。
 そのことがあってから一月あまりすぎて、梶せつ子が京都へきた。
 十一二の男の子が二人、せつ子が紙キレに書いたものを長平の住居へ持ってきた。こッちへ旅行に来たから寄ってみた。別に用があるわけでもないし、在宅かどうかも分らないから、ボンヤリ外に遊んで待ってるが、ヒマだったら食事でもしま
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