けるのだ。苦痛に耐えて、生きぬき、走りつづけているのは病人だけではないのだ。人生が、そういうものなのである。凡人は途中でおりたり、落伍してしもう。まだしも病弱な自分は、その宿命として、おりては負けることをさとっている。そして、選ばれた優勝選手の心境を理解することもできるし、ややそれに似た日々を体験もしている。
 少年の日、放二は病床で、そんなことを考えたことがあった。

       二

 この夏の暑気いらい、急速に衰えはじめた放二は、養父母の慈愛の手にみとられていたころとちがって、仕事もあったが、休息すべき部屋がなかった。
 早めに戻って休息するのが何よりだったが、寝ていると、彼の部屋をたよりにしている女たちに暗い気持を植えてしもう。病気と闘っていることを、彼女たちに悟らせてはいけないのである。
 最良の方法として選んだのは、ねる時間まで残業していることだった。仕事もたしかに忙しかったが、それを残業にのばしてやると、仕事を半ば休養に中和することもできるのである。
 こまるのは、記代子と青木の誘いを拒絶しなければならないことだ。
 せつ子は放二と記代子に、二人が当然結婚すべく定められているかのような言い方をした。それが記代子に現れる反応は敏速であったし、確信的であった。せつ子の認定を得ていることは、内々叫びをあげなければならないような馴れ馴れしい表現をしても、顔すらも赧《あか》らめさせない支えになるのであった。
 しかし、放二が彼女の誘いに応じる度数は、三日に一度に、五日に一度になる。そして、青木は好二を誘うが、記代子はもう誘うこともやめてしまい、話しかけることも、なくなってしまった。
 それでいいのだ、と放二は思うのである。病弱な自分は、結婚には不適な人間だ。相手を不幸にするだけだから。記代子が積極的になるほど、放二は身をひく。ぼくなんか、忘れて下さい。それを説明することはできるが、人生は説明では解決がつかない。放二は説明の代りに身をひいた。そして記代子が離れて行くのを、静かに、しかし、愛情をこめて見送りたかった。ごきげんよう! ボン・ボアイヤージュ! というように。
「若い者は、手間をかけたがるものさ。曲った方へ、曲った方へ、歩きたがるんだ」
 青木は記代子をひやかした。しかし、若い者だけのことじゃない。自分にしろ、礼子にしろ、もっと、ひどいようなものだ。
 
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