つぶされた意慾の底で神経の幻像と悪闘してゐる変質者だらうと考へた。
ところがそれからの一夜のこと、機関士の間瀬が太平に食つてかゝつて、彼の重い沈黙のためにある時は一座が陰鬱なものになり、又ある時は彼のがさつな哄笑壮語のために一座が浮薄なものとなる。一座の神経を考へず粗雑な自我を押しつけて顧みない。芸術家ぶるな、といつて怒つた。言葉の意味は舟木の非難と共通のもので、二人はたぶん太平に就いて日頃忿懣を語りあつてゐるのであらうと思はれたが、間瀬のいかにも船乗りらしい体力的な忿怒の底にひそむものは、舟木と同じく嫉妬であるといふことを太平は見逃さなかつた。
なるほど、太平はキミ子の電話によつて呼びだされてくるのだが、それはこの家の習慣で、他の人々も同じことであつたらう。キミ子は太平に特別の好意を示してはゐなかつた。たゞ彼を常に上座に坐らせたが、それは彼が新たに加入した不馴れに対するいたはりと、庄吉が常に太平をわが第一の友とよぶことに対する自然の結果にすぎなかつた。キミ子は一座の人々を、あなたがたスレッカラシとよんで、太平だけを、この方は純粋な方だから、といふことが時々あつたが、悪意も善意もな
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